ウーマンパワー

最近の日本の女性たちは元気がよくて素晴らしいですね!
わかりやすい例は、女子サッカーかなぁ〜。
ふわりと世界の壁を越えていく。
もちろん大変な苦労と努力と才能の賜物でしょう。
でも男子に較べると、本当に女子はふわりとあっちの世界に行ってしまった(笑)。
見ていて気持ちいいし、活躍する姿に日本人としての誇りも感じさせてもらえる。
なんで女子は活躍できて、男子はダメなのか?
ともに体格を欧米選手と比較すれば日本人は貧弱。
でも、日本の女子は、体格の違いを超えたところで戦っているように見える。
勝つための方法。負けない工夫。勝負への目算が感じられます。
ゲームを見ていてスポーツはつくづく「頭」なんだな!と感じられる。
もちろん、対戦相手となる身体の大きな相手に「頭」がない、と言う意味ではありません。
でも日本女子には、小さな身体を使ってどう戦うか、いかに勝ちにいくか、そこに明確な考えと方法がある。
小さな日本の女子は、己を知り、敵を知り、勝負とは何かを知っている。そんな感じ・・
一方の日本男子。彼らは「頭」が弱い訳ではないでしょう。
でも、戦いぶりを見ていると、リスクを恐れ、何でも安全に上手にこなそうとするばかり。
結局は技術も体力も相手に及ばない・・つまり、
日本の男子は己を知らず、敵を知らず、勝負とは何かを知らないまま戦っている。
そして不完全燃焼のゲームに終始する。
この差って、何なのでしょうね・・
僕はここに、今の「日本男性の組織」が抱える「ダメな面」を見る思いがします。
男の何がダメなのか・・それが「組織の役に立つ人間」という勘違い。
組織がうまく機能するために、意見を調整し融和を図る。
一見、正しいように思えますが、語られるべき厳しい意見は出てこない。
だから組織はギクシャクしない。でも何を問題にして、どんな方法で、いかに解決していくかがない。
時間をかけ、会議するばかり・・それが日本男子の組織の姿。
企画を通すのではなく、通る企画を考える。
将来に有効な方法を考えるのではなく、周囲から抵抗を受けない方法を練る。
そうした手段に長けた男が組織の階段を上り、そうする男に周りの男が付いていく。
そして、ふと気がつくと、日本の男の組織はこんな組織ばかりになっている・・
こうした男の組織にうんざりしているのが、今の日本で働く女性たちなのでしょうね・・
ある意味で、女性は好き嫌いをはっきり言う。自分の直感に素直に反応する。
このように、本来、人間に備わった「ものを見るチカラ」を、女の人はごまかそうとしない。
自分の素質を見極め、自分にあった方法を確かめ、自分の足で先に進んでいく。
今の若い日本の女子たちは、本物の自分のチームを作り、世界と戦っている。
一方の男性は、世界の都合ではなく、自分たちのチームの都合のために戦っている。
僕は・・男は、日本の女子の生き方を見習わなくてはいけない・・と思う。
その上で、日本の女子が頼りたくなる。そんな若い男たちが大勢出て来たら・・嬉しい。
かく言うワタクシは・・女子に頼られるようには・・生きて来れませんでした。はい。
日本人と宗教

あなたは神を信じますか?と訊ねられると戸惑ってしまう。
僕には、キリスト教やイスラム教などの絶対神に対する馴染みがない。
でも、周りにはいろんな神様がいると思っていて、信じない訳じゃありません。
なんて言うか、日本人の神様は、きっと外国の人たちが抱く「神様」のイメージとはかなり違うんです。
日本では神社に願掛けをして、お寺にお参りしても誰も不思議だとは思わない。
自分の家に仏壇と神棚があってもおかしいとは思わない。
僕たちの暮らしの中には、当たり前に神社とお寺が同居しています。
さらに神道と仏教に、対立する意識を抱くこともありません。
つまり、どっちのいろんな神様もウェルカム状態・・
とは言え、織田信長ってリーダーはお寺を焼き払い、お坊さんもたくさん殺した。
また明治維新では神仏分離が国策となり、多くの寺院が壊され、燃やされた経緯がある。
そうした歴史もあるけれど、現代を生きる日本人にとって、神道と仏教はともにあるのです。
もちろん、宗派の違いから日本人同士が戦争を起こす可能性もほとんどありません。
なぜ?なんでこれほど宗教上の争いがないのか?
千年以上昔の朝廷政治の時代から、
神道を代表する存在の天皇自ら、平安な社会秩序を求めて仏教を積極的に取り入れる。
さらに国家の政治、教育、文化発展へ向けた有効なツールとしても、仏教は日本に根付きました。
やがて、神社も寺も日本人にとっての集会所であり、役場のような存在となる。
こうしてみんなにとって「ありがたい存在」となっていきました。
特に江戸の300年で、一般的な日本人の学習効果は驚異的に伸びていったのです。
人の出生から死亡、転入&転出などの管理や子供の教育など・・
これらを全国津々浦々の村や町にある社寺が担っていく・・
こうして明治維新を迎える頃、日本人の識字率は世界でも例のない高いレベルになっていたとか。
学習の場が寺や神社ですから、教育者は、お坊さんや神主さんや土地のお年寄りや隠居した旦那。
昔の日本の子供たちは、人生の先輩たちと、世代をクロスオーバーして成長してきたんですねぇ〜・・
あの時代、アジアの中で、日本だけが植民地化されず、内乱も起こさず、発展を遂げた理由のひとつ。
それはこうした社寺での教育のおかげだったのかも知れません。
宗派を超えて寺と人が接する。世代を超えて子供たちと大人たちが触れ合う。
日本人独特の「他者を否定しない宗教観」は、こうしてごく自然に生まれていったのでしょうね。
さらに神道や仏教には絶対神がいない上に、様々なタイプの神様たちが混在しています。
それぞれにありがたく、またそれぞれに怖い存在。
まさに日本人が調和を好む民族であるルーツはここにあるのでしょう。
神すら絶対ではなく、調整とバランスの上に成り立っている。
一神教で育った民族が「Yes or No」をはっきりさせるのは当然の帰結。
だから物事を客観的に決定する上で「誰にも明快な多数決」がベストな方法になる。
一方の日本人は曖昧。なんとか対立を調整し、全員で一致した結論を導き出そうとする。
まさに「和をもって尊しとなす」民族なんですね。
これが日本人の宗教観。つまりいろんな神様をみんな受け入れる感覚。
なんとなくたくさんの神様の顔色を窺いながら、なんとなくみんなと上手くやろうとする。
あの震災で、世界中のメディアから賞賛された日本人の姿は、
じつは、こうした神々と日本人の宗教観がもたらした「調和する民族」の姿なんでしょう。
・・・そう思いませんか?
縁もゆかりもある話

出会った途端に何か感じる。
たまたま遭遇した2人の時間と空間が、定められた運命に思えてくる。
「ユ〜ア〜マイ、ディスティニィ〜〜〜♪」って曲が戦後に大ヒットしたけど・・
人間は、何でも自分に都合よく考える生き物かも知れません。
素敵だな!と思う女性を目にして・・
その場で何も起こらなくても・・
彼女の記憶が鮮やかなうちにまた再会できたら・・
これはもう行くっきゃありません(笑)。縁があったんです!
さて、縁とは何か?どこかで繋がっている、という事でしょうね。
キミとボクはどこかで繋がっている。そんなつながる話です。
話の前にコップ1杯の水を飲む。
じつは、そのコップの中には水の分子が入っています。
その分子の中には、かつてクレオパトラの身体を通った水の分子もある。
その数、1億個・・また飲むと、また1億個。
気分を変えてビールをコップ1杯飲むと、また1億個。
どこかのレストランでとびきりのワインをコップ1杯飲んでも、また1億個。
2000年前の絶世の美女が生きた39年と7ヶ月の間に、彼女の身体を通り抜けた水の分子。
それは川を流れ、海に注ぎ、雲となり、雨となり、世界中の水と混ざり合いました。
そして今、キミとボクがかわりばんこに飲んだ1杯のコーラにも、1億個入っている。
地上の水の97.4%が海水で、それに氷河と地下水を加えると99.98%。
つまり水のほとんどは海水で、1000年あれば世界中巡って混ざり合うそうです。
そしてキミとボクは、今飲んだ水を通じてクレオパトラとも繋がっている。
これを、アナタに例えて実験すると・・
アナタのオシッコをコップに入れて日本の海に流す。海水をよくかき混ぜる。
それから地球の反対側にあるアルゼンチンの海岸に行って、コップ1杯の水をすくう。
するとコップの中には、日本の海で流したアナタのオシッコの水の分子が10個入っているんです。
(A)コップ1杯にある水の分子数は10の24乗個
(B)地球上に存在する全ての水の分子数は10の47乗個
〜AをBで割り確率を出す→Aに計算で出した確率を掛ける〜
こうしてみると、僕たちはみんな繋がっていて、縁もゆかりもある生き物どうしですね。
はぁ〜い、ベイビー!一緒にお水、飲もうよォ〜!!
道具と日本人

前回のブログの絵に「旗」があり、そこに「信心神」と書いてあります。
あれは何?という質問がありました。
じつはあの言葉は日本で開発しているステルス戦闘機の愛称「心神」からきている。
言わば、変事に対する「道具」の心構えをイメージした僕なりの造語です。
今回のブログも「信心神」の旗を掲げた戦闘チームの絵。
そんな戦闘で使用する「道具」について書いてみます。
ステルス戦闘機「心神」の、レーダーに捉えられる大きさはドッジボールほど。
(じつは米国での実験を断られフランスで実験したが鳥より小さく昆虫より大きいらしい)
従って敵方からは見つけにくくなる。さらにエンジンの推進方向を変えられる。つまり俊敏。
こうした性能はF-22(米国の第5世代戦闘機で世界最強)に酷似している。
ちなみにF-22はゴルフボールほどの大きさになり、ほとんどレーダーで認識出来ない戦闘機です。
(今までの戦闘機に比べ、盲人と目の健康な人がボクシングするほどの差が生じる)
最終的に米国政府はF-22を日本に渡さない(販売しない)事を決定。
世界最強の米国製品を日本には使わせない、さらに造らせない、という判断です。
この会議参加者の半数は、同盟国とはいえ日本に渡さないとの決定に賛成。
残りの半数は、渡さなければ日本はF-22より強い戦闘機を造ってしまう、と不安を洩らしたそうです。
こうした「道具」を開発する日本への警戒心を持ち続けるアメリカ。
それを、僕は当たり前にたいしたものだと評価します。
さらに、日本人は「道具」の扱いや修得する能力が高い。これも他国が警戒する点のひとつ。
日米の演習でも、この傾向が顕著に現れるようです。
日本のイージス艦は米軍の発射したミサイル数十発を全弾破壊してしまう。
しかもさまざまな設定やかく乱を施して発射された難易度の高いミサイルも落とす。
この日本のイージス艦の飛び抜けた能力については、
アメリカのベストセラー作家、トム・クランシーが著書(日米開戦)の中で述べています。
こうした傾向は一般の日本人砲兵にも当てはまるらしい。
米軍の演習に参加した際、自衛隊の兵士たちによる射撃の命中率が非常識なレベルで高い。
通常の演習に特別編成のスナイパーチームを送り込まないように!意味がないから!
と米国は日本に注意をする。驚いたのは日本側。
一般の平均的な兵士を送り込んだら「凄過ぎる」と怒られちゃったんですね。
航空自衛隊との演習も、米軍はとても厭がる。
日本の平均的な戦闘機パイロットがやたら優秀で、米国のトップガンたちのプライドが傷つけられる。
そんな話もよく耳にします。
これってまさかコンピュータゲームのおかげではないでしょう。
いや、多少はあるかな(笑)。
ただし、平均的な日本人の「道具」に対する馴染みかたや使いこなすセンスは、
どうやら本当に世界的レベルで半端じゃないようです。
とは言え、この場合、「兵士+道具」=「国を守る大切な道具」です。
この大切な道具を使うのは人間ですから・・当然使う人間の判断がしっかりしないといけません。
でもねぇ〜・・猫に小判じゃあねぇ〜・・政府の方は大丈夫?・・なんて言いつつ
じつは僕も・・自分の大切な道具=マックの・・能力の1%も使えていません(笑えませんね)。
神風が吹いた

この絵は6足歩行による未来の対空防衛マシン。想像の産物です。
イラストからはイメージできないでしょうが「カミカゼ」について書きました。
カミカゼと言えば、太平洋戦争末期の日本軍による航空機の自爆攻撃をイメージする。
その由来は、かつて鎌倉時代に蒙古が日本に襲来した際、突如吹き荒れた「神風」のこと。
この台風と思われる嵐のおかげで蒙古の軍船はことごとく沈み日本が勝利する。
こうした歴史上の幸運な戦いの逆転劇を願って編成されたのが「神風特別攻撃隊」でした。
では、この元寇の際に吹き荒れた「神風」は、
本当に日本の不利な戦いを逆転した単に幸運な台風の襲来だったのか?
そんな神風神話について考えてみます。
この神風が吹いて蒙古軍がほぼ全滅した戦いは2度目の元寇(弘安の役)の時。
日本に向かった蒙古軍は14〜15万、軍船は4400隻。
この大軍団で5月に対馬や壱岐に侵攻した蒙古軍は6月に博多湾に侵入します。
ところが蒙古軍は上陸できない。
蒙古軍の目的は上陸し、拠点を作って制圧し、周辺を占領すること。
しかも上陸して新鮮な水と食料を手に入れなくては戦争の継続はできません。
だから蒙古軍も必死。しかしいつまでたっても上陸できない。
つまりそれだけ鎌倉武士が強かった、と言う事が想像できます。
蒙古軍の上陸作戦は6月、7月、8月と続きますが実現しません。
大部隊での上陸作戦と言えば、有名な第2次世界大戦時のノルマンディー上陸作戦がある。
「D-DAY」と呼ばれた1944年6月6日の大作戦で、
連合軍は大きな犠牲を払いながらもその日のうちに予定した5つのビーチで上陸を成功させる。
しかし蒙古軍14〜15万の大部隊は3ヶ月かけてもついに上陸出来なかったのです。
この間、博多がだめなら長崎と、蒙古軍は上陸地点を求めて移動する。
そして台風の襲来・・・
暴風の接近を知った蒙古軍の大半は長崎県松浦市伊万里湾鷹島の南岸に避難。
(ここは今でも台風が近づくと大型船が風雨を避けて集まるとの事)
しかしほとんどの軍船は沈み、多数の蒙古軍が鷹島に避難上陸しました。
嵐になり、陸がすぐ近くにあれば、兵士が全て船と一緒に全滅する筈はありません。
ところがその蒙古兵上陸を予測して待っていたのが鎌倉武士。
そこでの陸上戦が蒙古軍最後の決戦場となりました。
鎌倉武士たちは、後に言われているように一騎打ちにばかりこだわっていた訳ではない。
蒙古軍の集団戦や組織戦に驚き手をこまねいていた訳でもない。
集団による組織的な戦いで蒙古軍を圧倒し、3ヶ月も上陸を留め、季節を読み、台風も想定し、
風雨を避けて敵軍が集まるであろう海岸を予測し、上陸する蒙古軍を待ち伏せた。
つまり、思いも寄らぬ「神風」のおかげで国が救われた訳ではないのですね。
あの国難に対応した鎌倉幕府と武士達にとって、
いわゆる「想定」とは、「想定内+想定外」だったのでしょう。
そして今、僕らは過去の時代の安定を支えた内実を想像できずに見過ごしている。
それどころか、今の自分たちの生活を支える現実すら見えていないのかも知れません。
ああ・・くわばら、くわばら・・・




